意義深い京都ひとり旅

今回の納骨に伴い私だけ1日多く京都に滞在した

その理由の一つは息子のこと


在宅介護が一番厳しくなったころ

気付かないうちに私の心は病んでいた


「地獄の底」から抜け出す道はもうない!

そう思えた

そう思った先にあるのは現実逃避しかない


それを選びそうになったことで子供たちを深く傷つけた


既に我が家から独立していた子供たちに

両親の現実は分からない

私も極力皆に心配をかけないようにしていたし

そもそも例え家族であっても

毎日一緒に生活していないものに理解できるほど

認知症介護は決して単純ではない


けれど長男である息子は夫が当時通っていた施設の長に呼ばれ

父のことよりも母である私の現実を伝えられ深く傷ついたはずだ


その時の恐怖が心の奥底にいつまでも尾を引いていると

色々な場面で感じてきた


今回も一人で京都に滞在するということに

どうして?何のため?と言われた


特に納骨の後だし

息子の心にはある種の心配があると感じていた


友人達や家族と一緒なら別だが

私が一人でどこかに行くということで

いつまでも息子に余計な心配をさせる

このままではいけないとずっと感じてきた


そう言ってみたところで

言葉と言うものはいくらでもごまかしができる

そうではなくて身をもって伝えなければと常々思っていた

それを息子に伝えるための「納骨の後」の一人での京都滞在でもあったのだ


帰った後に息子と電話で話した時の様子は

心なしか今までと違った気がした


これからは父に会うために家族とともに京都に来る

母はそれをこれから楽しみにしていく



母は大丈夫!

一人できちんと生きていくから


そう伝えたかった

その意味でも意義深い京都ひとり旅だった


ただ京都で遊びたかったという理由ももちろんあるけれど(^_-)-☆ウフ
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